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医療の質指標を読み解く(全9回)第2回:転倒転落によるインシデント影響度分類レベル「3b」以上の発生率

COLUMN

2025.10.08

第2回は「転倒転落によるインシデント影響度分類レベル『3b』以上の発生率」をテーマにお話しします。

前回は、転倒・転落発生率の意義と、病院事務職員がどのように関われるかをお話ししました。今回は、その一歩進んだ指標として、「転倒転落によって、どれだけ重い結果が生じたか」という視点に焦点を当ててみましょう。

1. なぜ「3b」以上が重要なのか?

前回のコラムで解説した「転倒・転落発生率」は、転倒・転落の発生頻度を示す指標です。しかし、転倒・転落の結果はケースによって様々です。患者さんが何事もなかった場合もあれば、骨折や出血を伴うような重篤な結果に至る場合もあります。

ここで登場するのが、医療安全の分野で広く使われている「インシデントの影響度分類」です。これは、ヒヤリハットやインシデントが発生した際に、患者さんに与えた影響の大きさを段階的に分類するものです。

分類の詳細は各施設で異なる場合がありますが、一般的には、以下のように、影響が大きくなるにつれてレベルが高くなっていきます。

レベル0:影響なし、ヒヤリハット
レベル1:観察、処置の必要なし
レベル2:経過観察、処置の必要あり(軽度)
レベル3a:経過観察、処置の必要あり(中程度)
レベル3b:経過観察、処置の必要あり(重度)
レベル4:永続的な障害が残る可能性
レベル5:死亡

この中で、特に注目すべきはレベル「3b」以上です。これは、転倒・転落によって骨折や入院期間の延長、手術の必要が生じるなど、患者さんに重篤な影響を与えたケースを指します。「転倒・転落発生率」が低くても、「3b」以上のケースが多ければ、病院の安全管理に大きな課題があることを示唆します。単に件数を減らすだけでなく、「重篤な転倒・転落を防ぐ」という視点が、質の高い医療を提供する上で重要になります。

2.指標の計算式

この指標は、以下の計算式で算出されます。

転倒転落によるインシデント影響度分類レベル「3b」以上の発生率(‰)=(退院患者に発生したインシデント影響度分類レベル3b以上の転倒・転落の発生件数 / 退院患者の在院日数の総和) × 1000

3.指標を改善するための取り組み案

重篤な転倒・転落発生率を減らすためには、どのような取り組みが考えられるでしょうか。これは、前回のコラムで挙げた「転倒・転落発生率」を減らす取り組みと重なる部分もありますが、より「重篤な転倒・転落を防ぐ」という視点が加わります。

転倒・転落リスクの高い患者さんへの集中的な介入
リスクアセスメントを徹底し、ハイリスクと判断された患者さんに対しては、転倒予防マットやセンサーの導入、ナースコールへの迅速な対応など、より手厚いケアを提供します。
転倒リスクを高める可能性のある薬剤(睡眠薬、抗精神病薬など)の服用状況を医師や薬剤師が確認し、必要に応じて変更を検討します。

多職種連携による環境整備とケアの見直し
理学療法士や作業療法士が、患者さんの身体機能に合わせた歩行補助具やリハビリプランを提案します。
看護師や介護士が、ベッドサイドの環境(手すり、照明、ベッドの高さ)を患者さんの状態に合わせて調整します。
医療安全委員会で、過去のレベル「3b」以上の転倒・転落事例を分析し、再発防止策を多角的に検討します。

4.データ分析の視点:事務職員が果たす役割

前回に引き続き、データ分析の視点で、指標改善にどう貢献できるかを見ていきましょう。重篤な転倒・転落発生率の分析は、より専門的で、質的な分析が求められます。

①発生件数と入院関連指標との関連性分析
レベル「3b」以上の重篤な転倒・転落は、患者さんの入院期間を延長させたり、手術を必要としたりするため、DPCデータやレセプトデータを活用するのも選択肢の一つです。

インシデントデータとDPCデータを連携させて分析することで、「重篤な転倒・転落は、在院日数にどれだけ影響しているか」を数値で示すことができます。

②「3b」以上の転倒・転落に共通する要因の特定
過去のレベル「3b」以上と判断されたインシデントレポートを詳細に分析し、「発生時の時間帯は?」「使用していた薬剤は?」「どのような場所で発生したか?」など、複数の事例に共通する要因を見つけ出すことで、より効果的な対策の立案に貢献できます。

例えば、「夜間に睡眠薬を服用した患者さんが、トイレへ行こうとして転倒し、骨折する」というパターンが複数見つかったとします。このデータから、「夜間の見守り体制の強化」や「睡眠薬服用患者さんへのトイレ誘導の徹底」といった具体的な対策を提案できるでしょう。

5.おわりに

転倒転落によるインシデント影響度分類レベル「3b」以上の発生率は、単なる数値ではなく、「患者さんの安全」という最も大切なものが脅かされた事実を示しています。この重みを理解し、データを分析を活用することで、医療安全の最前線で働く医師や看護師を強力にサポートできます。

次回は「リスクレベルが『中』以上の手術を施行した患者の肺血栓塞栓症の予防対策の実施率」についてお話しします。