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医療の質指標を読み解く(全9回)第6回:手術開始前1時間以内の予防的抗菌薬投与率

COLUMN

2025.11.05

第6回は「手術開始前1時間以内の予防的抗菌薬投与率」についてお話しします。

手術を受ける患者さんにとって、最も怖い合併症の一つが「手術部位感染(SSI: Surgical Site Infection)」です。手術の傷口から細菌が侵入し、感染症を引き起こすもので、患者さんの回復を遅らせ、入院期間の延長や治療費の増加につながります。

SSIを予防するために、手術前に「予防的抗菌薬」を投与することが広く行われています。予防的抗菌薬は、適切なタイミングで投与されることが重要であり、今回の指標ではそのタイミングを評価します。

1.なぜ「1時間以内」が重要なのか?

予防的抗菌薬は、血液中の抗菌薬濃度が、手術開始時に最も高くなるように投与することが理想とされています。
様々な研究の結果、「手術開始前1時間以内」に投与することが、最も効果的にSSIを予防できることが分かっています。
1時間より前に投与:薬の効果が手術開始時には薄れてしまい、予防効果が十分に発揮されません。
手術開始後に投与:すでに細菌が侵入している可能性があるため、予防効果が期待できません。
つまり、この指標が高いということは、「エビデンスに基づいた、効果的な感染対策が実施されている」ことを示唆します。

2.指標の計算式

この指標は、以下の式で算出されます。

手術開始前1時間以内の予防的抗菌薬投与率(%)=(分母のうち、手術開始前1時間以内に予防的抗菌薬が投与開始された手術件数 / 全身麻酔手術で、予防的抗菌薬投与が実施された手術件数) × 100

3.指標を改善するための取り組み案

手術室と病棟間の連携強化
手術室入室から手術開始までの時間を見込み、病棟で適切な時間に抗菌薬を投与できるよう、情報共有を徹底します。電子カルテ上で、抗菌薬投与の指示が自動的に手術開始予定時間から逆算して表示されるような仕組みも有効です。

薬剤師の関与
術前のカンファレンスに薬剤師が参加し、予防的抗菌薬の選択や投与タイミングについて、医師や看護師に情報提供を行います。術中に使用する抗菌薬が、最適なタイミングで手術室に届くよう、薬局と手術室の連携を強化します。

4.データ分析の視点:事務職員が果たす役割

この指標の改善においても、データ分析が役立ちます。

投与時間の「見える化」と分析
手術記録と薬剤投与記録を統合し、「手術開始時間と抗菌薬投与時間の差」をグラフ化します。
「特定の時間帯の手術で投与時間が遅れがちか?」「特定の診療科の手術で未達率が高いか?」といった視点から分析することで、具体的な改善点を特定できます。

②SSI発生率との関連性分析
当該指標のデータと、SSI発生率のデータを組み合わせて、「予防的抗菌薬投与率が低い手術患者さんは、SSI発生率が高い傾向にあるか?」という視点で分析し、因果関係を数値で示すことで、この指標の重要性を院内に訴えることができます。

5.おわりに

手術開始前1時間以内の予防的抗菌薬投与率という指標は、手術の安全性、ひいては病院の信頼性に関わる重要な指標です。データを正確に集計・分析し、その重要性を医療従事者にフィードバックしていくことで、手術の安全文化を醸成することにつながります。 次回は「『d2(真皮までの損傷)』以上の褥瘡発生率」についてお話しします。