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2026年度(令和8年度)診療報酬改定コラム:「包括期医療」を担う入院料再編と病院経営への影響
2025.12.03
株式会社健康保険医療情報総合研究所
Planning, Review and Research Institute for Social insurance and Medical program (abbr. PRRISM)
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2025.12.10
短期滞在手術等基本料は、医療資源の効率的な活用と患者負担の軽減を目指し、短期間(日帰りから4泊5日まで)で実施可能な手術、検査、または放射線治療について、包括的な評価を行うために設けられた制度です。
この制度は、手術・検査そのものの費用に加え、それに必要な術前・術後の管理、および定型的に必要とされる検査、画像診断などを包括的に評価する仕組みとなっています。
基本料は、実施形態により以下の区分に分けられています。
短期滞在手術等基本料1: 日帰り(外来)で行う場合の包括評価です。
短期滞在手術等基本料3: 短期入院(4泊5日まで)で行う場合の包括評価です。
なお、かつては「短期滞在手術等基本料2」(1泊2日)が存在しましたが、算定回数の少なさや、対象手術の平均在院日数が2日を大きく上回る実態が判明したため、制度のシンプル化と実態に見合った見直しが議論され、廃止された経緯があります。
短期滞在手術等基本料の制度設計は、診療報酬改定のたびに「包括化」と「効率化」に焦点が当てられてきました。
特に2018年度改定の議論では、短手3の対象手術・検査の拡大が主要な論点となりました。この議論は、短手3の対象になっていない手術の中にも、在院日数が短く、出来高算定における点数のばらつきが少ない、つまり医療資源投入量が標準化されている手術が存在するという分析に端を発しています。
結果として、在院日数や点数実績のばらつきが小さいと評価された「4つの技術」を短手3に追加することになりました。これは、医療の標準化が進んでいる分野については包括評価の範囲を広げ、出来高評価による過剰診療を防ぐという意図が明確に反映された動きです。
なお、2018年度改定の議論では、短手3の対象拡大の検討と並行して、DPC対象病院による短手3の算定不可とする変更(いわゆる「D方式」への統一)も行われました。これは、短期滞在手術等基本料とDPCの包括評価の整合性を図るための措置でした。
2025年11月7日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会における厚生労働省の分析によると、内視鏡的大腸ポリープ切除術や水晶体再建術など、外来での実施率に病院間で大きなばらつきがある手術について、入院の方が高い点数設定となっており、この点数差が現行制度下での外来移行を阻害している要因であると指摘されています。
現行の入院インセンティブの歪みを裏付ける重要なデータとして、短期滞在手術を入院で実施する理由の内訳が挙げられます。厚労省の調査によると、臨床上の必要性(局所麻酔困難、認知症による安静困難など)が最多である一方で、「経営上、入院での実施が望ましいため」という理由が一定割合で存在することがわかっています(内視鏡的大腸ポリープ・粘膜切除術:14.5%、水晶体再建術(眼内レンズを挿入する場合):24.0%)。
「経営上の理由」による入院が一定割合存在する事実は、現行の診療報酬体系が、医療機関に対して医学的な妥当性とは異なる経済的なインセンティブを与えていることを示す動かしがたい証拠です。このデータは、支払側が「点数是正(引き下げ)を通じて外来への移行を促すべきだ」と主張する際の客観的な根拠となっていると推測します。
同日の中医協総会において、厚生労働省は2026年度改定に向けた短期滞在手術等基本料の見直しを検討する方針を示しました。その目的は、入院で行う必要性が乏しい短期滞在手術の外来移行を促すことです。
具体的な見直し策として、厚労省は、短期滞在手術を入院で実施した場合の点数と、病院が外来で実施した場合の点数の差を縮小させる方針を提示しています。
さらに、制度の複雑性の解消を目指し、DPC対象病院が短手3を算定できない現状について、短期入院で手術を実施するならDPC対象病院も短手3を算定できるようにするなど、ルールの整理を検討するとしています。これは、現行のDPC算定では、短手3よりも点数が低く評価される傾向にあること、および出来高算定の高額化というインセンティブの歪みを解消する狙いがあるとみられます。
支払側委員は、外来移行を促すための具体的な手段として、短期滞在手術を入院で行う場合の評価を引き下げることで、外来との点数差を縮小すべきと主張しています。
この主張の根拠は、第2章で示した通り、内視鏡的大腸ポリープ切除術や水晶体再建術の入院実施理由の一定割合が「経営上、望ましいため」であるというデータです。この経済的インセンティブの是正こそが、政策目標達成の鍵であると位置づけています。
また、DPC対象病院が短手3を算定できない点についても、支払側は、「同じ手術であれば同じ点数にすることが公平である」として、医療機関の種類に関わらず点数を揃えるべきだとの意見を寄せています。
これに対し、診療側委員は、報酬引き下げによる強引な外来移行誘導に対して強い慎重論を表明しています。
診療側の主な主張は以下の通りです。
支払側は「経営インセンティブの是正」に焦点を当て、診療側は「臨床上の安全性と個別性」に焦点を当てており、議論の土台に大きな隔たりが存在します。この隔たりの大きさから、短期滞在手術等基本料の見直しに関する調整は難航する可能性が高いと予測されます。政策決定においては、経営的な合理性と臨床的な安全性の確保をいかに両立させるか、という難しいバランスが求められています。
入院実施理由における「経営上の理由」が一定割合存在するという客観的なデータ、および外来シフトが国の明確な政策目標であるという事実に基づき、短期滞在手術等基本料3の点数は引き下げられる可能性が高いです。
この「適正化」は、短手3の点数と、外来での短手1の点数との間の差を部分的に解消する方向で調整されると予測されます。この引き下げは、短期滞在手術を主に提供する医療機関の収益構造に直接的な影響を与えることになります。
DPC対象病院が短期入院手術に対して短手3を算定できるように、ルールの整理が進む可能性は高いです。このルールの変更は、単に公平性を確保するだけでなく、短期滞在手術の評価全体を包括評価の下で標準化し、価格コントロールを容易にするという政策的意図があると考えられます。
2026年度改定に向けた病院経営の最優先課題は、短期滞在手術部門の収益減少リスクの定量化です。特に内視鏡的大腸ポリープ切除術や白内障手術など、短手3対象手術の入院件数に占める「経営上の理由」による割合を考慮に入れ、予測される点数引き下げ幅に基づき、手術部門全体における収益減少額を具体的にシミュレーションする必要があります。
報酬体系が「入院から外来へのシフト」という方向で改定されることに備え、外来手術部門の体制強化が急務となります。
参考資料:厚生労働省「中央社会保険医療協議会総会資料 個別事項について(その6)」2025年11月7日
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